”20年後の社会ってなんなんだろう”

 ”20年後の社会ってなんなんだろう”

  珍しく、物思いにふけっているので、ミライの話をしてみたいと思います。

  2050年ごろになると様々な問題が浮き彫りになるといわれて早10年ほど。

  2050年ごろになれば少子高齢化による働き手の不足、食料問題、エネルギー不足、環境問題、

  地方のインフラの老朽化など、多くの課題が2050年に近づくにつれ、押し寄せてくるだとか。

  課題を挙げればきりがないですが、その中で今をただ生きるのも正解だし、いろいろと考えて

  未来を想像するのもまた一つの正解なのかなと思ったりします。

  こと教育の分野において、この未来予測は避けては通れない課題であり、今教育を受けている子どもたちが

  脂が乗り始めるのがちょうどその頃であり、働き盛りの生き盛りのみんながどんな社会を生きていくのかは

  僕自身の興味の中にあります。

  想像の域を超えないことを前提に置いて話を進めると、20年後の未来はどんな社会になっているのか。

  少なくとも人口減少は当たり前のように進み、都市部に人が集まるようになり、

  地方のインフラは維持することは難しくなってくるんだろうし、地方の過疎化は

  広がっていくように思います。

  人材不足は移民の受け入れやAIの存在を活用しながら対応していく過程で、人が働く必要性が

  どんどん薄れていくのかもしれません。

  そのような世界において、人として生きていく上で重要になってくるのは、

  当たり前ですが、国数英社理などのような知識的なものではないとは思います。とはいえ、それらの

  内容に価値は薄れていったとしても、学ぶということの過程には意味あるものがあるとは思っています。

  お金の価値もどうとらえられているかは年代によって変わってきそうです。

  コミュニケーション能力ややりきる力、探求心などに関わる非認知能力も必要とは言われていますが、

  安心安全を担保されている社会においてはネットのようなバーチャルな世界で生きていくだけで

  十分に満たされる部分もあるのかもしれず、絶対に必要な要素ではなくなってくるのかもしれません。

  それは誰にもわからないですね。

  ただ、一つ言えることは、生きていく過程で、正解とされるものはどんどん変容していく

  社会を生きるということ。そしてそんな社会で生きてい行く過程で自分自身、個々人の

  正解や優先順位も変わっていくんだろうと思います。AIを扱う技術が必要と言われる今現在は、

  遠い昔の笑い話となり、また新たな軌跡が地球全体を取り巻いていくのも

  至極当然の流れになっていくんだろうと思います。

  ただ、そんな世界を生きていく人たちにとって、一つ僕自身が思う不変的なものは、

  自分と向き合う力はこれからは変わらず必要とされ続けると考えています。

 

  社会が変わり、社会にとっての個人である我々人間も変容を余儀なくされる世界において、

  いつもどこでも自分と向き合い、自分の優先順位をつけられること、

  そんなことを考えるか考えないかさえ、自分自身で選択していく世界がどんどん広がっていく。

  そんな力が何よりも必要となる要素であると思ったりします。今ある自分を見つめ、

  取捨選択をする過程にこそ自分自身を豊かに生きる力に変わっていくように思ったりします。

  結論はだれにもないけど、そんなことをふと考えながら子どもたちと向き合う日々であります。  

                                  荻洋仁